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民事信託を活用した事業承継スキームの構築とリスク管理

コラム

事業承継は経営者にとって避けて通れない重要な課題です。特に中小企業においては、後継者問題や相続トラブルなど様々な障壁が存在します。そこで注目されているのが「民事信託」を活用した事業承継スキームです。本記事では、民事信託の基本から実践的な活用法、リスク管理まで詳しく解説します。

民事信託とは?事業承継における基本的な仕組みと特徴

民事信託の基本構造

民事信託には以下の3つの立場の人が関わります。

委託者信託を設定する人(通常は現経営者)
受託者信託財産を管理・運用する人(多くの場合、後継者が務めます)
受益者信託から生じる利益を受け取る人(委託者自身、家族、後継者など)

事業承継においては、経営者が委託者となり、後継者を受託者として自社株式を信託財産とするケースが多いでしょう。受益者は委託者本人(自益信託)または別の人(他益信託)に設定できます。

役割事業承継における典型例主な権限・責任
委託者現経営者信託内容の決定、信託財産の拠出
受託者後継者(または信頼できる第三者)信託財産の管理・運用、会社経営への関与
受益者委託者本人、家族、後継者など配当金などの利益を受け取る権利

民事信託の法的根拠

民事信託は2007年に改正された信託法に基づいており、特に以下の点が事業承継において重要です。

  • 信託財産の独立性(倒産隔離機能)
  • 受益者連続型信託(後継ぎ遺贈型)の可能性
  • 柔軟な信託条件の設定

民事信託を活用した事業承継のメリットと実際の効果

経営権の安定的移転と維持

民事信託の最大のメリットは、経営権の安定的な移転と維持にあります。

議決権の一元管理が可能

株式が分散せず、議決権を一元的に管理できるため、安定した経営体制を維持できます。

段階的な経営権移転

一度に全ての権限を移さず、徐々に移行することができます。

経営者の認知症リスク対策

判断能力が低下しても、受託者が経営判断を継続できます。

柔軟な承継スキームの構築

民事信託では、委託者の意向を細かく反映した承継スキームを構築できます。

複数世代にわたる承継計画が可能

「後継ぎ遺贈型」を活用すれば、次々世代まで承継先を指定できます。

条件付き承継の設定

「特定の資格を取得した場合のみ」など、条件付きの承継も可能です。

経営と所有の分離

経営権と財産権を分けて設計することも可能です。

相続トラブル防止効果

適切に設計された民事信託は、相続に関連するトラブルを未然に防ぐ効果があります。

遺産分割協議の回避

信託財産は遺産分割協議の対象外となります。

争族リスクの低減

承継先を明確に指定することで、相続人間の争いを軽減できます。

プライバシーの確保

遺言と異なり公開されないため、内容の秘密保持が可能です。

資産保全機能

民事信託には資産を保全する機能も備わっています。

倒産隔離機能

信託財産は委託者や受託者の債権者から保護されます。

事業継続の確保

委託者に何かあっても、事業を中断なく継続できます。

財産の分別管理

信託財産は受託者の固有財産と分別して管理されます。

事業承継に適した民事信託の形態と選択ポイント

事業承継のために民事信託を活用する場合、目的や状況に応じて最適な形態を選択することが重要です。主な形態とその選択の際のポイントを見ていきましょう。

遺言代用信託

遺言代用信託は、委託者の死亡時に受益権が移転する形態です。

特徴

委託者生存中は委託者自身が受益者となり、死亡時に次の受益者へ権利が移転します

適した状況

委託者が当面は経営に関与し続け、死後の承継を確実にしたい場合

メリット

遺言よりも確実で、取消不能な形で承継先を定められます

受益者連続型信託(後継ぎ遺贈型)

受益者連続型信託は、複数世代にわたる承継計画が可能な形態です。

特徴

第一次受益者の死亡後、第二次、第三次と受益者が連続します(最長30年)

適した状況

長期的な事業承継計画を立てたい場合や、次々世代の承継者も指定したい場合

メリット

事業の長期的安定性を確保でき、家族外への流出を防止できます

他益信託

他益信託は、委託者以外の人を受益者とする形態です。

特徴

委託者と受益者が異なります(例:経営者が委託者、配偶者や子が受益者)

適した状況

経営権と収益権を分離したい場合や、家族の生活保障を目的とする場合

メリット

経営と所有を分離し、専門経営者への承継も可能にします

選択のポイント

最適な信託形態を選ぶためのポイントは以下の通りです。

判断基準検討すべき質問
事業承継の時期即時に承継するか、段階的に承継するか、死後に承継するか
家族構成・関係性相続人間の関係はどうか、争いの可能性はあるか
経営参画の意思委託者はどこまで経営に関与したいか
後継者の状況後継者は既に決定しているか、能力はどうか
会社の規模・状況会社の業績や将来性、財務状況はどうか

民事信託における事業承継のリスクと対策

法的リスクとその対応

民事信託にまつわる主な法的リスクは以下の通りです。

遺留分侵害のリスク

法定相続人の遺留分を侵害し、減殺請求を受ける可能性

対策
  • 生前に遺留分放棄の手続きを検討する
  • 遺留分対策としての生命保険活用
  • 代償金の準備または分割払いの取り決め

受託者の義務違反リスク

受託者による信託財産の不適切な管理や利益相反行為

対策
  • 受益者監督人の設置
  • 信託監督人の設置
  • 定期的な報告義務の明確化
  • 受託者解任条項の設定

税務リスクと対策

民事信託における税務リスクは特に注意が必要です。

贈与税・相続税の課税リスク

信託設定時や受益権移転時に贈与税や相続税が課税される可能性

対策
  • 税理士など専門家との綿密な事前協議
  • 自益信託から始め、段階的に移行する方法の検討
  • 事業承継税制の活用可能性の検討

所得税の取扱いリスク

信託からの収益に対する所得税の課税関係が複雑化

対策
  • 信託契約書での収益分配方法の明確化
  • 正確な税務申告の体制構築

実務上のリスクと対策

契約設計や運営面でも様々なリスクが存在します。

信託契約の不備リスク

信託契約の曖昧さや不備により、想定外の事態に対応できない

対策
  • 専門家(弁護士・司法書士)による契約書作成
  • 想定しうるシナリオの洗い出しと対応策の盛り込み
  • 定期的な契約内容の見直し

受託者不在のリスク

受託者の死亡・辞任等により信託の継続が困難になる

対策
  • 複数受託者の設定
  • 後継受託者の指定
  • 信託会社や専門職の活用検討

民事信託による事業承継スキーム構築の実践的ステップ

民事信託を活用した事業承継スキームを構築するためには、計画的なアプローチが必要です。以下に具体的なステップを紹介します。

事前準備と目的の明確化

まずは現状分析と目的設定から始めましょう。

  • 1
    現状分析
    • 自社株式の評価・所有状況の確認
    • 会社の財務状況・業績の把握
    • 家族構成・後継者候補の整理
  • 2
    目的の明確化
    • 何のために民事信託を活用するのか(経営権維持、相続トラブル回避など)
    • 誰にどのような形で承継したいのか
    • どのようなタイムラインで進めるのか

最適な信託スキームの設計

目的が明確になったら、続いて具体的なスキーム設計に移ります。

  • 1
    信託形態の選択
    • 遺言代用信託、受益者連続型信託、他益信託など目的に合った形態を選択
  • 2
    信託財産の特定
    • 対象とする自社株式の範囲(全株式か一部か)
    • その他の事業用資産の取扱い
  • 3
    関係者の選定
    • 適切な受託者の選定(能力・信頼性の検討)
    • 受益者の決定と順序付け
    • 監督機能の検討(受益者監督人など)
  • 4
    信託条件の詳細設計
    • 受益権の内容(議決権行使の方法、配当の分配方法など)
    • 信託終了の条件
    • 受託者の変更・解任条件
    • 報告義務の内容と頻度

信託契約の作成と実行

ここまででスキームが固まったら、実際に契約を作成・締結します。

  • 1
    専門家チームの編成
    • 弁護士(または司法書士):契約書作成
    • 税理士:税務面の検討
    • 公認会計士:財務面の検討
  • 2
    信託契約書の作成
    • 法的に有効な契約書の作成
    • 想定される事態への対応を盛り込む
    • 税務面での適切な処理方法の明記
  • 3
    契約締結と実行
    • 信託契約の締結(公正証書の活用も検討)
    • 株式名義変更等の手続き
    • 関係者への説明・共有

信託の管理・運営体制の構築

契約締結後も適切な管理・運営が必要です。

定期的なモニタリング体制

  • 受託者からの報告体制の確立
  • 財産状況の定期的なチェック

定期的な見直し

  • 法改正や状況変化に応じた信託内容の見直し
  • 定期的な専門家によるレビュー

関係者とのコミュニケーション

  • 家族や関係者への定期的な説明
  • 会社の従業員や取引先への必要に応じた説明

民事信託を活用した事業承継の成功事例

具体的な成功事例を通じて、民事信託を活用した事業承継の実践例を見ていきましょう。これらの事例は実在の案件をもとに、プライバシーに配慮して一部修正しています。

事例1:製造業A社の後継者問題解決

背景と課題

  • 創業者(70歳)が全株式を保有する従業員30名の製造業
  • 長男は会社に無関心、次男は経営に興味があるが経験不足
  • 創業者は当面経営を続けたいが、認知症などのリスクも懸念

採用した信託スキーム

信託形態遺言代用信託から始め、段階的に移行する形
信託財産自社株式の80%
受託者次男と信頼できる役員の共同受託
受益者第一次受益者は創業者本人、その後は次男
特記事項
  • 創業者の判断能力低下時には経営権が自動的に移行する条件
  • 長男には相続対策として別の資産で配慮
  • 5年後を目途に経営実権を次男に移す計画を明記

実現した効果

  • 創業者は段階的に経営から退くことができ、精神的負担が軽減
  • 次男は計画的に経営経験を積むことができた
  • 従業員や取引先に将来の経営体制を明示することができ、安心感を醸成
  • 長男も自分の立場が明確になり、家族内の対立を回避

事例2:小売業B社の複数世代にわたる事業承継

背景と課題

  • 3代目オーナー(65歳)が経営する創業80年の老舗小売店
  • 長女(40歳)が既に経営に参画、その子(15歳)も将来の経営に興味
  • 長期的な経営権の維持と、家族の生活保障の両立が課題

採用した信託スキーム

信託形態受益者連続型信託(後継ぎ遺贈型)
信託財産自社株式100%と店舗不動産
受託者長女と顧問税理士の共同受託
受益者
  • 第一次受益者:オーナー夫婦(生活費確保)
  • 第二次受益者:長女(経営権確保)
  • 第三次受益者:孫(将来の承継者)
特記事項
  • 株式の譲渡制限と議決権行使方法を明確化
  • 収益の一部を家族の生活保障に充てる規定
  • 孫が一定の年齢・条件を満たした際の経営参画プロセス

効果

  • 創業家による長期的な経営権維持が可能に
  • 家族全体の生活保障と事業の継続性を両立
  • 第三次受益者(孫)の成長に合わせた柔軟な対応が可能
  • 相続税の適切な対策と納税資金の確保

事例3:同族経営のサービス業C社の事業承継と相続対策

背景と課題

  • 創業者(75歳)と妻、長男、次男で株式を分散保有する従業員50名のサービス会社
  • 長男は経営に参画、次男は別の道を歩む中で株式の分散リスク
  • 創業者の相続発生時の納税資金確保と事業継続の両立が課題

採用した信託スキーム

信託形態他益信託と遺言代用信託の併用
信託財産創業者と妻保有の自社株式全て
受託者長男と顧問弁護士の共同受託
受益者
  • 創業者生存中:創業者夫妻(収益権)
  • 創業者死亡後:配当については妻と長男・次男で分配、議決権は長男が保有
特記事項
  • 相続税納税資金のための株式一部売却権限を明記
  • 次男には配当受取権を与えつつ、経営権は長男に集中
  • 受益者監督人として中立的な専門家を起用

効果

  • 経営権と所有権の分離による効率的な事業運営
  • 相続発生時の納税資金確保策が明確化
  • 家族全員が納得する形での利益分配の実現
  • 将来的な株式分散リスクの回避

専門家の選び方とサポート体制

民事信託を成功させるためには、適切な専門家のサポートが不可欠です。信託設計から運用までをトータルでサポートできる体制を構築しましょう。

必要な専門家とその役割

民事信託の設計・運用には複数の専門分野の知識が必要です。

専門家主な役割選定ポイント
弁護士
  • 信託契約書の作成
  • 法的リスクの分析
  • 遺留分対策のアドバイス
  • 民事信託の実績がある
  • 事業承継に詳しい
  • 説明がわかりやすい
税理士
  • 税務面のアドバイス
  • 相続税・贈与税対策
  • 事業承継税制の活用検討
  • 信託税制に精通している
  • 事業承継の実績がある
  • 税務署との交渉経験がある
司法書士
  • 不動産信託登記
  • 法人登記関連手続き
  • 信託契約書の作成補助
  • 信託登記の経験がある
  • 関連する法律知識がある
公認会計士
  • 株式評価
  • 財務分析
  • 事業計画の妥当性検証
  • 中小企業の支援実績
  • 事業価値評価の経験
信託銀行・信託会社
  • 専門的な受託者業務
  • 長期的な信託管理
  • 民事信託の取扱実績
  • 手数料体系の透明性

専門家の選び方と依頼のポイント

適切な専門家を選ぶためのポイントは以下の通りです。

民事信託の実績確認

単なる知識だけでなく、実際の設計・運用経験があるか

業界での評判

他の専門家からの評価や紹介

コミュニケーション能力

複雑な内容をわかりやすく説明できるか

チーム対応力

他の専門家と協働できるか

フィー体系

報酬の透明性と妥当性

アフターフォロー

契約後のサポート体制

効果的な専門家チームの構築と運営

民事信託の設計・運用では、複数の専門家による連携が重要です。

コーディネーターの選定

  • 全体を統括する中心的専門家を決める(多くの場合、弁護士または税理士)
  • 専門家間のコミュニケーションを促進する役割

合同会議の開催

  • 定期的に全専門家が集まり、情報共有・意見交換を行う
  • 各分野からの視点を統合した総合的なアドバイスを得る

役割分担の明確化

  • それぞれの専門家の担当範囲を明確にする
  • 責任の所在を明らかにする

継続的な関係構築

  • 信託設定後も定期的なレビューを依頼
  • 状況変化や法改正への対応を相談

専門家へ相談する際の準備

効率的な相談のために、事前準備が重要です。

  • 会社の基本情報(株主構成、財務状況、事業内容など)の整理
  • 家族構成や後継者候補についての情報
  • 現在の課題と将来の希望を明確にする
  • 相談の優先順位を決めておく
  • 質問事項をリスト化しておく

まとめ

本記事では、民事信託を活用した事業承継スキームの構築からリスク管理まで、様々な側面から解説してきました。民事信託は事業承継における有力な選択肢ですが、適切な設計と運用が成功のカギとなります。

  • 民事信託は柔軟性が高く、経営権の安定的移転、複数世代にわたる承継計画、相続トラブル防止など様々なメリットがあります
  • 事業承継に適した信託形態を選び、目的に合ったスキームを設計することが重要です
  • 遺留分侵害や税務面など、潜在的なリスクを把握し適切な対策を講じることが必要です
  • 信託契約の作成から実行、運営までの実践的なステップを踏むことで、円滑な事業承継が実現できます
  • 弁護士、税理士など適切な専門家チームのサポートを受けることが成功のカギです

民事信託による事業承継を検討されている方は、まずは民事信託や事業承継に詳しい専門家に相談されることをおすすめします。早めの準備と計画的なアプローチが、あなたの事業の未来を守ることにつながります。